
2025年の紅白歌合戦に初出場を果たした歌姫『ちゃんみな』
あなたはあの圧倒されるようなパフォーマンスを見ましたか?
私は、もう釘付けでしたよw
どうしてこんなにも心が揺さぶられるのか?ちゃんみなのパフォーマンスは他のアーティストと何が違うのか?
今回は、その点を細かく分析して解説していこうと思います。
この記事を読んで、ちゃんみなのファンになりドヤ顔でまだちゃんみなを知らない人に対して、古参ぶっちゃいましょうw
ちゃんみなはどんな時も生歌にこだわる
ちゃんみなを語るうえで、絶対に外せないポイントは『生歌』です。
彼女は、どんな時でも必ず生歌で歌唱します。
そんなの当り前じゃないの?歌番組で歌ってる姿は全部、本当に歌ってるでしょうと思ってるあなた!それは、ちょっと違うんですよ!
実は、TVで見る人すべでが生歌をしているかって言ったらそんな事はないのです。
本当は歌ってないのに、歌声が聞こえる。いわゆる口パクってやつですね。
たまに放送事故的なニュースで、生放送の歌番組で歌唱してる歌手が、アクシデントでマイクを落としちゃってるのに歌声が聞こえる。
そういうの見たことないですかw
あれが、口パクです。
YouTubeで口パクっと検索すると、出てきますが。
激しいダンスをしているのにも関わらず、息も切れず涼しい顔で歌唱してるのとかどんどん出てきますw
私は、それがダメだと罰する気はサラサラなくて、生歌では歌えない理由があって口パクをしてるわけです。
しかし、ちゃんみなの場合は絶対に口パクをしません!
(2ページ目)「いい加減にしろ」「口パクは許さない」ちゃんみな(26)が“褒めて伸ばす”異色のオーディション『ノノガ』で“最も衝撃的だった場面”とは? | 文春オンライン
ちゃんみなが審査員を務めたガールズグループオーディション『No No Girls』での一コマです。
かなり有名な名言なので、知ってる方も多いと思いますがw
参加者に対して、『私は絶対に口パクさせないから』っと発言。
別に意地悪でそんな発言をしてるわけではなくて、これにはちゃんと意味がありまして!
生歌で歌唱することによって、踊りながらうまく歌うコツを実践で学べることができるんです。
その他にも生歌で歌唱することによって、現状の自分を表現することも可能になります。
生歌で、声の揺れ・息の乱れ・一瞬の掠れが起きたとしても、それはちゃんみなにとって失敗にはなりません。
感情の痕跡となります。
今はこの瞬間は、こういう感情で表現したんだっという証拠になるわけです。
それをみた視聴者は、「ちゃんみな、今ミスったな」って思う人も中にはいるかもしれませんが…
逆に「スゴイ!こんなリアルなパフォーマンスするのか!」って感情になる人もいるんです。
ちゃんみなが、自分の言葉やパフォーマンスに責任を持っている部分ですよね。
ちゃんみなの歌は、怒り・拒絶・自己否定・強がり等の強い言葉がよく歌詞に現れます。
そんな歌詞なのに、口パクだと信ぴょう性がなくなるっと、強い歌詞だから尚更、生歌でいくべきっという。
この姿がめちゃくちゃリアルなパフォーマンスを産むわけですよ。
結局のところ、ちゃんみなが生歌で歌唱することによって、上手いかどうかって話よりも本物かどうかって話で我々に記憶されるのです。
それが、ちゃんみなの生歌が放つ最大の影響あり魅力です。
因みに、ちゃんみなの口パクの動画はないのか探してみても、その疑惑動画は発見できませんでしたし。
生番組でのちゃんみなの歌唱動画が、YouTubeに落ちてますが、明らかにMVとの歌唱とは違いますね。
ダンサー的ではなく「アーティスト的」なダンスをするちゃんみな
ちゃんみなのダンスは、キレイに収まってるようなものではありません!
ミュージックビデオ通りの振付の正確さが売りとか、コンテスト系のダンサーとは全くの別物です。
なのにも関わらず、ちゃんみなのダンスの評価が高い理由は、歌詞と感情が先に来るから。
ちゃんみなはダンサーではなく、アーティストです。
なので見せ所はやはり歌詞や歌唱の部分。
「ダンスをがんばりすぎない、良い意味で」「この体勢でラップ歌うと苦しくなる」など「踊りながらうまく歌うコツ」を呼吸法を交えて自らレクチャー
(2ページ目)「いい加減にしろ」「口パクは許さない」ちゃんみな(26)が“褒めて伸ばす”異色のオーディション『ノノガ』で“最も衝撃的だった場面”とは? | 文春オンライン
上の引用元も『No No Girls』での一コマ。
ちゃんみなのコメントからわかるように、あくまでも歌唱がメインでその次のダンスって位置づけなんです。
ただダンスを手を抜いてるってことではなく歌唱と同期するダンスってことなんです。
多くのアーティストは歌唱、ダンス、表情を無意識に分けて処理してますが、ちゃんみなの場合すべてを同時に成立させる前提で身体を使ってます。
実はちゃんみなは、ダンスを究めるために一ヶ月アメリカにダンス留学をしてます。
そこで何を学んだのかというと、
上手い下手とかじゃないってことに気がついた。
向こうでスポットライトを浴びる人って、日本で私が見てきた「上手い人」とは違った。ターンもできてなかったり、バランスも取れてなかったりするけど、自信がある。スキルよりも「私、最高でしょ?」って人が選ばれるんですよ。体重が100キロぐらいあるような人が、めちゃめちゃ自信満々で踊ってて。先生も超褒めるし、とにかくブチアゲで、一番人気者だったんですよ。自分を愛するっていいなと思いましたね。
アメリカにダンス留学をして見た衝撃。女子ラッパーをハッとさせたこと
ちゃんみなの、ライブパフォーマンスはエンターテインメントを重視していて、ダンスのスキルは必須なんですが。
それも大事だけど、何よりも自信満々であること!
自分を愛して表現した結果、
上のライブ映像のように、歌詞と歌唱から溢れ出るダンスって感じがもろに伝わるじゃないですか?
そもそも、歌い始める前からの立ち姿からしていつでも歌えて、いつでも動ける待機姿勢!絵になります。
そして冒頭の歌唱とダンスの場面は、動きに緩急がありキレのある動きに加えて、自信満々な表情と歌詞もリンクしてます。
こりゃ~観客の熱狂するのも頷けますよね。
ちゃんみなの感情が直接伝わるパフォーマンス
ちゃんみなのパフォーマンスが観客に感情を感じさせてしまうのは、感情を「表現」しているのではなく、感情が生じている身体プロセスをそのまま表現しているからです。
これは演技とは真逆の構造となってます。
人は他者の動きを見ると、無意識に呼吸・筋緊張・姿勢を同期させます。
ちゃんみなのパフォーマンスは、呼吸の乱れ・声の摩擦・身体の微細な揺れを隠しません。
結果、視聴者の身体が先に反応し、「なぜか苦しい」「なぜか熱い」と感じる。
感情を理解する前に身体が先に動かされてます。
また、ちゃんみなのパフォーマンスは感情を「形」にしてません。
だから、観客は処理できません。
多くのパフォーマンスは、
- 怒り = 強い動き
- 悲しみ = 下を向く
- 喜び =笑顔
という記号化を行います。
ちゃんみなは違います。
- 怒っているのに微動だにしない
- 悲しいのに声が前に出る
- 笑いながら声が割れる
感情を整理してません。
例えば、上のライブパフォーマンスなんて凄いですよ?
曲の合間で、メイクを落としてすっぴんになるっというものです。
よく映像を見るとメイク落とし始めは、手が震えてるんです。
ここは理解できると思うんです、いくら自分のライブに来てくれるファンとはいえ、すっぴんでパフォーマンスするって失礼かなって気持ちかなと。
しかし、落としきってからニヤリとするんです!
そして、そのすっぴんで『前例がないのは怖いかい ならお手本になりなさい』の歌詞。
不完全な状態でありながら、めちゃくちゃ説得力のある歌詞!!
なにこれ!?
脳の理解が追いつかないwww
私と同じように観客は、ちゃんみなのパフォーマンスを「意味」として処理することができず、感覚として抱え込むことになります。
ここが刺さるっという現象を産んでるの由縁です。
その証拠に、上のライブに参加していた人のコメントです。
ライブ参戦した者です。 涙が止まりませんでした。
ちゃんみな - 美人(AREA OF DIAMOND @ 横浜アリーナ)- - YouTube
このライブ、この会場、生で聴けて見れた事、感じた事、一生忘れません。
魅せてくれました。本当に魂感じました。刺さりまくりました。 強さと、その中の弱い部分、すべて受け止めてくれる、奮い立たせてくれる音楽です。
ちゃんみなありがとう、美しいよ。
結論として、ちゃんみなのパフォーマンスは、感情を「伝える」のではなく感情が発生している場に観客を引きずり込むというタイプの表現をしてます。
だから観客は、自然と涙が出る・胸が苦しくなる・無意識に息を止めるといった身体反応が発生するわけです。
ちゃんみなは見られ方・見せ方を知ってる
ちゃんみなの場合「見られ方・見せ方を知っている」というのは、カメラ目線が上手い/セルフプロデュースが巧いといった浅い話でありません。
ちゃんみなは、作詞に作曲、ミュージックビデオの演出も行うので、セルフプロデュース力は確かに高いんですが。
それ以上に他者の視線が自分の身体と感情にどう作用するかを理解した上で、それを逆利用しているというレベルです。
つまり、ちゃんみなは「私はどう見られているか」を起点にせず、「今、見られることで何が起きるか」を計算してます。
オーディション中も私は絶対に泣かないようにしていました。
審査する側が泣いちゃだめですよね。いちばん泣きたいのは審査されている側なんですから。
<インタビュー>ちゃんみな 【No No Girls】、HANAのデビュー、そして2作連続リリース――走り続ける彼女を突き動かすものとは | Special | Billboard JAPAN
『No No Girls』の審査員として、ちゃんみなが意識していたことは泣かないことだったようで。
オーディションはあくまでも受験生が主役であって、もし審査員のちゃんみなが泣くようなことをしたら、視聴者が冷めてしまう・引いてしまうような現象が起きると思ったが故の、決まり事だったのでしょう。
他にも、2025年の紅白歌合戦でのステージを例に挙げますと。
まずちゃんみなは紅白歌合戦前のインタビューで、
「華やかさやめでたさを意識してパフォーマンスできるのが楽しみ」
【紅白リハ】ちゃんみな、成長したHANAとの共演に期待「かませ!」 自身のパフォーマンスには「浮かれている(笑)」 | 山陰中央新報デジタル
っと語ってました。
この言葉は、年末の紅白歌合戦を楽しみにしている見る側の感情をくみ取ってます。
紅白という大型ステージは、国民性・年末の心理・放送と配信のメディア環境
という複層的な“見られ方”の場です。
そして実際に行ったパフォーマンスは、「NG」「SAD SONG」のメドレー形式でした。
この曲選び自体が、
- 強さ
- 脆さ
- 内面の揺れ
という異なる感情のを対比させる構成。
視聴者にとっては、
- 歌詞の意味 → カメラのアップ
- 感情の起伏 → 体の動き・呼吸
- 声の入り方 → 息遣いや喉の緊張感
という視覚と聴覚が同時に身体に届く構造になっています。
この「両方の感覚を同時に刺激する」見せ方が、感情がありありと感じられる視聴に繋がってます。
HANA紅白良かった〜♡
— ゆな 株 (@yunakabu_) January 2, 2026
ちゃんみなと HANA
SADSONG泣けた
頑張ってる女の子見ると私も頑張れる! pic.twitter.com/snoMWjC60w
77歳のおじに紅白どうだった?と聞いたら「ちゃんみなが1番よかった」て言ってた
— 竹内佐千子 (@takeuchisachiko) January 1, 2026
その感動が伝わる世代は特定の世代に縛られず、老若男女問わずに刺さってます。
ちゃんみなは完璧ではなく不完全なパフォーマンスをする
視聴者的には、ステージ上でパフォーマンスしてるんだから完璧を見せてくれよって思うかもしれませんがw
不完全というのは失敗作っと言うことではなくて、ちゃんみなのパフォーマンスは完成度を下げているのではなく、完成を“固定しない”設計です。
不完全なのは結果ではなく、方法。
なぜ不完全なのに、人を感動させるパフォーマンスが生み出されるのか?
大前提として、ちゃんみなは音楽に対して、絶対に噓をつきません!
インタビュー動画にあるように、基本的にちゃんみなは、実体験を基に曲を作成してます。
思春期に体験したこと・デビュー直後に襲われた世間の心ない反応や評価。
これらを正直に曲にしてます。
不完全な表現はほとんどの人がやると、だらしない・下手・不安定だなって印象を与えますよね?
ちゃんみなの場合、不完全さは演出ではなく、今の自分を切り取って噓をつかない表現をした、その結果が綺麗に終わらなかった。
という現象なんです。
でもこの不完全なパフォーマンスって音楽を商業的に見た場合、かなりリスクのある選択なんです。
商業音楽において不完全なパフォーマンスを前提にすることは、売上・評価・管理・再現性のすべてを不安定にする。
ちゃんみなが引き受けているリスクは、単なる炎上や評価低下ではなく、「商品として成立しなくなる可能性」がある点です。
どうしても視聴者は、アーティストにMVのような完璧な歌唱とダンスを求めます。
再現性を重視して視聴してるんです。
ってことは、完璧と違うパフォーマンスを見たら最悪の場合「痛々しい」「メンヘラ売り」「自己陶酔」「プロ失格」というレッテルが貼られてしまいます。
こんなレッテル一度貼られたら、はがすのは至難の業。
つまりは、商業音楽において不完全なパフォーマンスを続けることは、売れるための最短距離ではなく、売れなくなる可能性を常に抱えた道。
いばらの道を進み続けるちゃんみなは、安全な成功ではなく主体性の維持を優先しているから。
だから彼女の表現は、危険で不安定で代替不可能。
そして、本当に“個人”として立っている証明になります。
いまさらながらだけど、語りたいので。
— ピンキー🤙ストラテジーデザイナー⚔️新規事業開発・イノベーション・人材開発・組織開発・制度設計 (@hiroyukiarai) January 10, 2026
2025年の紅白歌合戦のハイライトは「HANA」と「ちゃんみな」の共演だった。
HANAのデビュー曲「ROSE」で見せた、新人とは思えない圧倒的なエネルギー。
意志の強さを歌でもパフォーマンスでも示したちゃんみなの「NG」。… pic.twitter.com/JBeeWE7Ks6
【まとめ】なぜ?ちゃんみなのパフォーマンスは記憶に残るのか
ちゃんみなのパフォーマンスがこれほどまでに心を揺さぶる理由は、歌が上手いからでも、ダンスが派手だからでもありません。
それは自分の感情と身体と発する言葉に、最後まで責任を持っているからです。
多くのアーティストは、
- 失敗しないため
- 誤解されないため
- 商品として安定させるため
に、どこかで感情や身体を管理します。
しかしちゃんみなは、その管理を最小限に抑え、「今この瞬間に起きている自分」を舞台に立たせる選択をしています。
だから彼女の生歌には、息の揺れがあり、声の掠れがあり、一瞬の不安定さがあります。
ダンスも同じです。
綺麗に揃えない・完璧に決めない・感情が先に出て、身体が後から追いつく。
その未整理な状態を隠さない。
これは、表現者として最も怖く、最も勇気のいる態度です。
しかもそれを、紅白歌合戦という「安全で、分かりやすく、万人向けであること」を求められる場でやった。
だからこそ、ちゃんみなのパフォーマンスは「良かった/悪かった」では消費されず、「忘れられない体験」として残るのです。
感情を説明されたわけでも、感動しろと言われたわけでもないのに、なぜか胸が苦しくなり、目が離せなくなる。
それは私たちが、ちゃんみなの感情が発生している現場にそのまま立ち会わされているから。
完成された作品ではなく、完成していく途中の人間を見てしまったからです。
だからこの記事を読んで「ちゃんみな、やっぱりすごいよな」と思ったあなたは、もう立派な分かってる側。
あとはドヤ顔で、「ちゃんみなってさ……」と、まだ知らない人に語ってあげてくださいw
きっとその人も、次に彼女のパフォーマンスを見たとき、もうただの歌番組としては見られなくなるはずです。




